「がん治療における歯科医師のかかわり」
11月30日(土)に、大阪歯科大学創立100周年記念館で、平成25年度大阪歯科学会大会・大阪歯科大学同窓会学術研修会が、大学関係者ならびに多くの同窓会員参加のもと盛況に開催された。
冒頭、モデレーターである森田章介先生(大阪歯科大学 口腔外科学第一講座 主任教授) から今回のメインテーマである「がん治療における歯科医師のかかわり」についての基調講演があった。わが国における死因の第一位である「がん」ではあるが、歯科医師が目にする「口腔がん」のケースはむしろ希少であるとされている。しかし、口腔は摂食・ 下や発語などの重要な機能を営み、顔面を構成しているために、口腔がん治療によりしばしば大きなダメージを受ける。このダメージを少しでも小さいものにするためには、がん予防は勿論、早期発見・早期治療が不可欠で、われわれ歯科医師にとっても「口腔がん」ばかりではなく、全身のがん治療の質の向上に取り組む必要がある。今回の合同講演会が先生方の日々の臨床に少しでも役に立ち、がん治療に寄与できることを切に願っている。
「がん化のメカニズムと口腔病変」
富永和也 (大阪歯科大学口腔病理学 講座 講師)
「がん(癌)」は、現在、日本人の2人のうち1人が罹患し、3人のうち1人が死亡する疾患です。全癌のうち、口腔領域の癌(口腔癌)は1~5%といわれていますが、禁煙推奨国である英国ですと1%、米国では2~4%、噛みタバコが普及しているインドでは30~40%と国によって差があります。胸腺組織の脂肪化に伴う細胞性免疫の低下をみる40~70歳を癌年齢層と呼びますが、口腔癌の最好発年齢は60歳代です。
ヒト成人の体は約60兆個の細胞からできています。癌は、この60兆個のうちのたった1個の細胞に異常が起こって発生します。すなわち、たった1個の細胞の中にある遺伝子に傷が付いて発生するのです。では、1個の細胞中、いくつの遺伝子に異常が起これば癌は発生するのでしょうか。ヒトの遺伝子は、25,000±3,000個ですが、がんに関連するのは「がん原遺伝子」と「がん抑制遺伝子」の2種類になります。がん原遺伝子が1個と、がん抑制遺伝子が2個の最低3個の遺伝子(口腔では4個以上、後述)の異常で癌が発生するといわれています。口腔癌の90%以上は口腔粘膜上皮から発生する扁平上皮癌ですが、扁平上皮癌になる前兆として、前癌状態、前癌病変そして上皮内癌があります。
前癌状態とは、前癌病変よりは軽い病変で、次の病変のニコチン性口内炎、粘膜下線維症、扁平苔癬、梅毒、Plummer-Vinson 症候群、円板状エリテマトーデス、色素性乾皮症、表皮水疱症からごくごく稀に癌化することがあります。
前癌病変とは、癌化に至る初期の遺伝子変化がすでに起こっており、将来、癌になる可能性が高い病変をいいます。具体的には、臨床的に白板症(4.4~17.5%が癌に)と紅板症(40~50%が癌に)、病理組織学的に上皮(性) 異形成症といったものが挙げられます。上皮内癌とは、癌細胞が重層扁平上皮層内だけに留まり、上皮下結合組織へ浸潤していない状態をいいます。
癌化した口腔粘膜上皮細胞が、上皮下結合組織へ浸潤し扁平上皮癌になるまでには、がん原遺伝子のサイクリンD1、がん抑制遺伝子のp16、p53、Rb遺伝子に異常が起こることが必要であるといわれています。
近年、癌組織の中に「がん幹細胞 (腫 幹細胞)」が存在することが示されています。正常組織における幹細胞とは、1. 最終分化段階には達しておらず、2. 際限なく分裂でき、3. 分裂で生じた娘細胞は親と同じ性質の幹細胞になるか、あるいは最終分化の方向にすすむ細胞になる、という3つの性質を持つものをいいます。「がん幹細胞」は正常組織に存在する幹細胞と同様の能力をもつとされています。すなわち、癌細胞の親玉的な細胞ということができます。白血病、乳癌、脳腫 、前立腺癌、大腸癌や 臓癌に加えて、頭頸部扁平上皮癌にも「がん幹細胞」が多く存在し、癌の化学療法や放射線療法に抵抗性を示すのみならず、手術時に「がん幹細胞」が残存しますと再発するとされています。
【略歴】
平成3年3月 大阪歯科大学卒業
平成3年4月 大阪歯科大学大学院歯学研究科博士課程(病理学) 入学
平成7年3月 同大学院修了 博士(歯学)
平成7年4月 大阪歯科大学口腔病理学講座助手
平成13年10月 英国ロンドン市 Guy’s King’s St. Thomas Dental Institute King’s College London 留学
平成16年4月 大阪歯科大学大学院(病理学)助手
平成18年4月 大阪歯科大学大学院(病理学) 講師
平成20年4月 大阪歯科大学口腔病理学講座講師
現在に至る。
死体解剖資格認定
日本病理学会 口腔病理専門医
日本病理学会 口腔病理専門医研修指導医
「光と色で探る口腔がん検診」
大西 祐一 (大阪歯科大学口腔外科学 第二講座 講師)
口腔は直視可能で、診察は容易であるにもかかわらず、口腔癌の早期発見には困難な場合があります。口腔癌や前癌病変の検出法には、ヨード染色やトルイジンブルー染色などの生体染色法が用いられる場合がありますが、いまだ確立された方法はみられません。また、近年では光学技術を用いた器機が、口腔粘膜病変における異常組織の有無の確認に対して有用であると報告されており、そのひとつに Narrow BandImaging (NBI)があげられますが、NBIは非常に高価という欠点があります。そこで今回、光学技術を利用したVEL scopeシステムを用いて、早期口腔扁平上皮癌の可視化と口腔がん検診への応用について述べていきます。
VEL scope システムはカナダのBritish Columbia Cancer Agency が中心となって開発し、LED Dental 社から発売されている口腔粘膜診察用装置です。この装置は、FDA(アメリカ食品医薬品局)の承認を受け、口腔粘膜疾患の早期発見、病変切除時のマージン設定についての適応が認可されています。
VEL scope システムは、400~460nmの波長の青い蛍光波を口腔粘膜に照射することにより、励起された自家蛍光を緑と赤の光のみ通過可能な特殊なフィルターを通して肉眼的に観察できる装置で、正常口腔粘膜では青緑色の蛍光が観察できます。しかし、口腔癌や上皮異形成では蛍光発色が消失し、黒く観察されます。それは、生体内のNADH、FAD およびコラーゲンなどの蛍光物質が存在しているためで、その中でもVEL scopeにおける上皮細胞の自家蛍光は、細胞内の蛍光物質であるFAD補酵素と粘膜下組織のコラーゲンによるものであります。自家蛍光の消失は、癌発生に伴う組織リモデリングと代謝の活性化によっておこるコラーゲン基質の分解やFAD濃度の減少によると考えられています。実際には、健常者の口腔粘膜では青緑色の自家蛍光の様々な発色を認めます。部位により励起光の照射角度、照射距離、度合によって若干の差はあるものの、健常口腔粘膜においては青緑色として観察されます。しかし、前癌病変や早期口腔扁平上皮癌においては、病変部は蛍光波を吸収し、蛍光発色が消失します。
病変周囲では、蛍光発色の変化は認められません。また、病理組織学的にも高度上皮異形成、上皮内癌や早期浸潤癌については、その範囲と蛍光発色が低下する領域とが一致する傾向にありました。
このように、日常臨床においてチェアーサイドで短時間に行える検査で、患者に対する負担と侵襲が極めて軽微であり、さらに比較的安価でコンパクトなため、口腔癌のスクリーニング検査や口腔がん検診においても有用であると思われます。
口腔がん検診は、各地の歯科医師会や自治体などの主催で行われています。検診方法は簡単ですが、いまだ口腔がんそのものに対する認識が広まっていないのが現状です。
私たちは年2回、大阪府堺市歯科医師会主催の歯科検診と連動し、口腔外科専門医3人が口腔がん検診を行っています。その際にも、VEL scopeを使うことがあります。私たちは、これまでに前癌病変やその他の口腔粘膜疾患を発見してきました。早期発見ができれば、口腔癌も他のがんと同様に治癒率が高くなり、治療後のQOLの低下も最小限に抑えることができます。今後、口腔がん検診をさらに広めていきたいと考えています。
【略歴】
昭和62年3月 大阪歯科大学卒業
平成8年9月 大阪大学博士(医学)
平成11年10月 大阪歯科大学助手(口腔外科学第2講座)
平成15年4月 大阪歯科大学講師(口腔外科学第2講座)
平成16年4月 大阪歯科大学大学院講師(口腔外科学第2講座)
平成17年11月 スイス ベルン大学頭蓋顎顔面外 科学教室(~平成18年10月)
現在に至る。
日本口腔外科学会専門医(平成9年)
日本口腔外科学会指導医(平成13年)
口腔顏面神経機能学会認定医(平成21年)
日本がん治療認定医機構 がん治療認定医 (歯科口腔外科)(平成23年)
「口腔がん治療の現況」
森田章介 (大阪歯科大学口腔外科学 第一講座 主任教授)
口腔がんの組織型をみると、90%以上が口腔粘膜上皮に発生する扁平上皮癌です。次いで、粘表皮癌、腺様囊胞癌などの唾液腺癌がみられ、その他として悪性リンパ腫、骨肉腫、線維肉腫、軟骨肉腫などの非上皮性悪性腫傷がときにみられます。以下、扁平上皮癌について主に述べていきます。口腔がんは組織型のほかに発生部位による分類も行われています。すなわち、舌癌(舌前方2/3の範囲)、上顎歯肉癌、下顎歯肉癌、底癌、頬粘膜癌、硬口蓋癌であり、口腔がんの範疇に入りませんが隣接組織に発生するものとして下唇癌、上唇癌、上顎洞癌、口峡咽頭癌(中咽頭癌)が挙げられます。口腔がんの治療を行う上で、これら組織型や発生部位は大きな因子となる。がん治療においてもう一つ重要なことは、腫の進展度の評価です。これには国際対がん連合(Union International Contre Cancer;UICO)を中心に開発されたTNM分類が用いられています。すなわち、腫傷の広がり(Tumor; T)、所属リンパ節転移の有無と広がり(Node;N)、および遠隔転移の有無(Metastasis; M)をそれぞれ評価することです。そして、このTNM分類をもとにStage(病期)分類がされます。これらの分類は、治療計画の作成や治療結果の評価に役立つとともに、予後予測や各治療施設間での情報交換にも大きく寄与しています。
がん治療は手術、化学療法および放射線治療が三本柱で、腫 の組織型、発生部位、進展度等に応じて単独あるいは併用されています。口腔がん治療で最も考慮すべきことは、がんの根絶は勿論ですが、口腔顎顔面形態の温存および摂食・下機能や発語機能の温存を図り、術後の良好なQOLやADLにつなげることです。手術は口腔がん治療の主体となっており、原発巣切除、頸部リンパ節転移に対する頸部郭清術、そして切除によって生じた欠損に対する再建術に大きく分けることができます。原発巣切除は発生部位に応じて手術法が規定され、例えば、下顎歯肉癌であれば腫 の進展度に応じて下顎辺縁切除術(下顎骨の連続性を温存して腫 を切除する術式)、下顎区域切除術(下顎骨の一定範囲を下顎下縁を含めて切除し、下顎骨の連続性をなくする術式)、下顎半側切除術(下顎頭を含めて下顎骨のおおよそ片側を切除する術式)などが適用されます。そして、切除後の欠損に応じて組織移植を主とした即時再建術がしばしば施行されます。頸部郭清術は頸部リンパ節転移が明らかな場合に施行されますが、原発腫 の広がりや病理組織学的悪性度などにより、転移が明確でなくても予防的に行われることもあります。
放射線治療はX線を用いた外部照射が主に用いられています。特に口腔がんを含めた頭頸部領域では、手術により著しい形態異常や機能障害がしばしばみられるために、近年放射線治療の適用が増加しています。最近の放射線治療の進歩としてはIMRT (Intensity Modulated Radiation Therapy、強度変調放射線治療)と粒子線治療が挙げられます。IMRTは、照射野内の放射線の強度を変調させる最新のテクノロジーで、頭頸部領域のような複雑な解剖学的特性を有する部位で、その特徴を発揮します。また、X線よりも殺細胞効果に優れる陽子線や炭素線やといった粒子線治療を行うことができる施設が新設されてきています。関西地方では兵庫県立粒子線医療センターで稼動しており、4年後には大阪府庁に隣接する場所に移転する大阪府立成人病センターでも、新たに粒子線治療が行われるようになる予定です。
癌化学療法(抗癌剤治療)も古くから用いられている治療法ですが、口腔癌のような固形癌に対しては単独では良好な効果をあげることができませんでした。近年、癌細胞そのものへの障害効果ではなく、細胞増殖に関る分子を阻害し、癌細胞特異的に作用する分子標的治療薬が開発され、白血病や肺癌等で多大な効果をあげており、口腔癌(頭頸部癌)に対しても平成25年2月にセツキシマブが保険収載され、用いられ始めています。また、しばしば化学療法は放射線治療と併用されています。
【略歴】
昭和51年3月 大阪歯科大学卒業
昭和56年4月 大阪歯科大学口腔外科学第二講座 助手
昭和61年5月 大阪歯科大学大学院助手
平成6年5月 大阪歯科大学大学院講師
平成7年8月 大阪歯科大学大学口腔外科学第二講座講師
平成9年4月 大阪歯科大学口腔外科学第二講座助教授
平成14年4月 大阪歯科大学大学院助教授
平成14年12月 大阪歯科大学口腔外科学第一講座教授
平成15年2月 大阪歯科大学大学院教授
平成21年4月 大阪歯科大学口腔外科学第一講座主任教授
現在に至る。
「口腔外科専門医が取り組む周術期のオーラルマネージメント」
岸本裕充 (兵庫医科大学歯科口腔外 科学講座 主任教授)
平成24年度診療報酬改定で、「周術期の口腔機能管理」(周管)が新設されました。 これは、演者が口腔外科専門医として、「オーラルマネジメント」 (OMと略)として早くから取り組んで来たものに近く、がん患者などの手術(全身麻酔を実施する場合に限る)や放射線治療、がん化学療法の前後に、歯科でOMを行うことで、術後肺炎や手術創感染、口内炎などの合併症を予防もしくは軽減できることを期待されています。OMによって、治療成績や患者のQOLが向上するとともに、医療費の削減にも寄与できると思われます。
周管は、1) 医師からの依頼、2) 歯科医師による周術期OMの計画策定(周計)、3)「口腔環境の整備」を意識したOM、の3つのステップから成ります。
まず1)において、口腔外科医が手術などをし、自分でOMもする場合には依頼は不要ですが、通常は手術などを担当する医師からの依頼が起点となります。歯科で周管が新設され1年以上を経過しましたが、まだまだ医師・看護師への周知は充分とは言えません。全身麻酔に伴う歯の損傷などを予防することは、従来からニーズの高い処置であり、まずは歯科への依頼が発生する連携体制を構築し、それから術後肺炎や口内炎対策など、OMによる効果が期待できる対象を医師・看護師にアピールしていくべきでしょう。
次に、2) 周計においては、医師や看護師には難しい口腔の専門的な評価も加味して、ケア・治療の計画を考えます。パノラマX線写真や歯周ポケットの測定などで、抜歯などの歯科治療が必要な歯の有無を判断する、というのは歯科医師には当たり前にできることですが、他職種には難しいことです。
抜歯か保存かは、通常は動揺度や歯周ポケットの深さ、根尖病巣の状態などを総合的に判断して決められるでしょうから、歯科医師によって抜歯の基準が多少異なることがあります。これが周管では、歯・歯周の状況だけではなく、手術などの治療の種類も加味した判断を求められることがあります。「心臓弁置換術後に抜歯すると感染性心内膜炎のリスクがあるので、術前に抜歯しておこう」、「根尖病巣があるが、この抗がん剤の治療であれば治療中に急性化する可能性は低く、治療開始まで日が少ないので抜歯は見送ろう」というような判断です。認定資格の有無を問う訳ではありませんが、このような判断の経験が豊富であるに越したことはないはずです。
そして、3) の口腔環境の整備では、狭義の口腔ケアとされる口腔清掃だけでなく、患者への指導も重要ですし、う蝕や歯周病への対応、義歯の治療が必要な場合が少なくありません。治療開始までの限られた期間に、抜歯後感染などのトラブルを起こさないよう抜歯する、というような技術の高さも要求されます。
周術期の「口腔ケア」だけでは不充分で、OM、つまり口腔ケアに加えて、教育、評価、治療という要素も必要です。これをCREATEという英単語に当てはめて、以下のように整理しました。口腔ケアである清掃(Cleaning)とリハビリ(Rehabilitation) からはじまり、ブラッシング指導のような教育(Education)、そして評価(Assessment)、さらに抜歯などの歯科治療(Treatment) を適切に実践できれば、おいしく食べる(Eat)、もしくは、楽しむ(Enjoy) ことが可能となり、これらの頭文字を順に並べるとCREATE、という訳です。このCREATEを意識したOMの中で、口腔外科専門医は、これまで培った経験と技術を活かすことができるのです。
【略歴】
平成元年3月 大阪大学歯学部卒業
平成元年6月 兵庫医科大学病院臨床研修医(歯科口腔外科)
平成8年9月 兵庫医科大学歯科口腔外科学講座 助手
平成14年1月 米国インディアナ大学医学部外科 ポスドク (~平成16年1月)
平成17年4月 兵庫医科大学歯科口腔外科学講座 講師
平成21年4月 兵庫医科大学歯科口腔外科学講座准教授
平成25年4月 兵庫医科大学歯科口腔外科学講座主任教授
現在に至る。