
昭和20年、国民学校高学年で1学期に「鬼畜米英、アメリカ人をブチ殺せ!」と教えられ、夏休みの8月15日を過ぎた2学期には「アメリカ進駐軍歓迎、マッカーサー様さま」という教育を受けた我々世代は、最も育ち盛り食べ盛りの時期に敗戦後の飢餓社会を生き抜き、進駐軍兵士からチョコレートをもらって喜び、物のない時代に、
なんでも「もったいない」 「まだ使える」という習癖が身について、古いシャツやズボンも捨てられずにいつまでも身に着けてしまう。そんなわけで後の世代の人たちからはケチとみられる悲しい世代の人間である。エアータービンも超音波スケーラーもなかった昭和33年に卒業し、その後の著しい歯学の進歩に引きずられながらの半世紀を歯科医として生き続けてきたが、八十路に入ったために、もうそろそろリヤイヤして後に続く者たちに道を譲る時代になってしまった。162名の卒業生のうちで、70名がすでに天に召されているが、いまだ元気な21名が相寄り平成27年10月22日に、土井喬君の行き届いたお世話で、大阪駅のホテルグランヴィアの19階にあ
る日本料理の「浮橋」で懇親会を持つことができた。
出欠返信の欠席者から近況一言も多数寄せられ、要介護、リハビリ中、自宅療養中などが多かったが、
一瀬健二君 午前中診療を続けています
押谷誠之助君 他の会合と重なり
龍田 吉弘君 週3日元気で午前中診療
斎藤 彰君 ゴルフ
山下 敦君 週4日の診療と講演で多忙
驚いたことに石川哲夫君 元気でマラソン大会に参加などもあり、まだまだ元気な者も多く、今回の足場のよい会場とコンパクトな宴会に、次もここでやろうよという声もあり、来年を期して散会した。
なお、当日は懇親会に先立って、土井喬君のお世話で好天に恵まれた超一流コースの茨木カントリークラブで数名が好プレーと楽しみ、また、奥野晃三君のお世話で数名が中之島の国立国際美術館で「クレオパトラとエジプトの王妃展」を鑑賞した。
(山岸信博 記)