久栄会総会および懇親会報告

第54回総会・懇親会が平成27年5月16日に滋賀県大津市の琵琶湖ホテルにて、滋賀県諸兄のお世話で総勢55名参集のもと開催されました。総会は総務の篠田要児君の司会で始まり、議長に神谷幸男君を選出、物故者の御霊に黙祷を捧げご冥福をお祈りいたしました。議事に入り、役員改選では留任の声で決まり、会員表彰では平成26年秋に栄えある叙勲(瑞宝双光章)をうけられた佐藤文夫君(当日欠席)、故宮腰恒寛君に久栄会より表彰状と記念品を手交(後日)させていただきました。神谷君の見事な采配で無事議事を終了することができました。第55回総会は兵庫県当番で神戸で開催が決まり、日程については建設的な意見が色々だされ、後日改めて連絡をさせていただくことで了承され、総会を終わり懇親会へと移りました。滋賀県特産の珍味を楽しみながら歓談に花が咲き、瞬く間に湖畔の夜が過ぎ、学歌斉唱となりましたが、今回は名物男の小川由基君が欠席のため急 赤司範俊君が務めてくれ、再会を約し賑々しくお開きとなった次第です。

翌日の観光は、滋賀県諸兄(中西、安澤、古藤、堀君)の度重なる準備のおかげで比叡山延暦寺に参詣いたしました。延暦寺事務長の小林福一氏が延暦寺駐車場まで出迎えてくださり、特別対応で大講堂から阿弥陀堂、根本中堂、延暦寺会館へと説明案内していただきました。阿弥陀堂で久栄会物故者追悼の法要を、三人の僧侶の読経で厳かに執り行い冥福をお祈りさせていただき、身心の安らぎを抱きながら全員無事帰路についた次第です。重ねて延暦寺小林福一氏に感謝を申し上げます。なお、昨年度総会以降鬼籍に入られた方をご報告させていただきます。天川宏君、伊東敏昭君、谷幸治君、宮腰恒寬君、坂順一郎君、水井弘二君、山本尚君、糸山昇君、内田千秋君です。ご冥福をお祈りいたします。合掌

(岸直樹記)

谷幸治君を偲んで

彼は卒業後すぐ岡大口腔外科に入局し、その翌年結婚。同時に玉野市で開業。38年に長男が誕生。続いて二人の息子さんに恵まれ、三人とも歯科医師に育て上げ、晩年は親子三人で充実した診療をしていました。とにかく彼は何をするにも手早く、近くに県内第一号の本格ゴルフコースが開場すると同時に入会。私が42年にその玉野GCに入会した頃には、既に彼はシングルプレイヤーでした。彼と特に親交が深くなったのはその頃でした。
48年大阪に泊り込みで補綴の研修会をしているから行かないかと誘われ、超多忙な時期でしたが一年間毎月ついて行きました。それがその後の診療の宝になり感謝しています。彼は向学心に燃え、その頃はまだ一部で疑問視されていたインプラントを手掛けていました。先見の明があったのでしょう。現在花形の学問に発展し、彼の生涯に行ったインプラントは数千本に上がるでしょう。実は私も20本施術してもらい、今でも何不自由なく食を満喫しています。彼は牧野に下宿していたので、必然と麻雀、囲碁、酒盛等で級友の溜り場となっていました。彼は多趣味でマリンスポーツ、漁船を所有しての魚釣、温室を設備しての洋蘭作りには生涯心血を注いでいました。また、カメラはプロ級で、昔は自分で現像から引き伸ばしまでやっていました。牧野時代の友人で結成したイレブン会でも面倒見が良く、奇しくも期を同じくして亡くなった水井君と共に、毎年の旅行の発案から実行まで、長い間世話をしてくれました。北君、大谷君、小川君に続きまた二人を亡くし、イレブン会も大崩壊です。

昨年5月に肺癌を発病、今年3月に余命1ヶ月と宣告されるまで一切公表しなかったのも彼らしい配慮でしょう。最後に自宅へ見舞いに行ったとき、病人とは思えない足取りで玄関まで出てきて、“もう何ともしようがないなぁ”と人生を達観し尽くしたような彼の言葉が印象的でした。一時間ほどつもる話をし、次に見舞う約束をして帰りましたが、それは叶いませんでした。彼はやりたいことは全てやり切った満足感を感じさせる立派な生き方でした。友人としても尊敬できる人でした。どうか安らかに眠ってください。さようならそしてありがとう。合掌

(細川浩成 記)

水井先生追悼記

水井先生が昭和27年5月19日、81歳の生涯を閉じられました。26年前前立腺を患い手術をされ、入院退院をされていましたが、薬石効無く無くなられました。先生とは入学したときより席を隣して友となり、60年同道させていただきました。開業され、歯科医師会、学校医、連合会会長、保護司など大いに活躍され、また我々同級生で作ったイレブン会会長として、労苦を惜しまず働いていただきました。イレブン会は家族同伴で、いつも一緒に楽しいお付き合いを、この55年の長きに渡りさせていただきました。子ども達が独立してからは夫婦でとなり、年に一度国内旅行、二年に一度の海外旅行と、ずっと続けて行ってくださいました。楽しい一つの家族のようでした。それも水井先生と、岡山のときを同じく亡くなられた谷先生お二人のおかげです。世界の国十何ヶ国、国内は数えられないほど、その他、ゴルフに、観光に、会食にと集まらせていただき、大変楽しかったです。思い出が走馬灯のように、今頭の中を駆け巡っています。亡くなる前年10月にも奥様と同伴され、みんなと一緒に山中温泉に一泊旅行に行ったのが最後の別れになりました。私はその前にもう一度寄せて話をさせていただきましたが、悲しい、淋しい、心残りです。大変お世話になりました。ありがとうございます。ご冥福をお祈りいたします。合掌

(長尾勉記)