士会の総会及び懇親会の報告
3年ぶりに、平成28年4月23日(土) 午後12時30分にリーガロイヤルホテル2階山楽の間で大士会(大阪府士会)のお世話で開催されました。参加者は36名です。総会ではまず、病気をおして出席された大士会会長島田勝弘君(平成28年7月26日ご逝去)の挨拶で始まり、議長に森弘温君を選出、最初に前回以後の物故者13名(下記記載)を議長が読み上げ弔意黙祷しました。次に士会会長森本正孝が挨拶と平成27年度秋期叙勲者、旭日双光章伊藤義宏君(山形県南陽市)、瑞宝双光章岡崎正君(滋賀県草津市)、宮井享君(徳島県徳島市)の披露とお祝金送付の件を報告。今回熊本地震による士会同期の福岡市の安藤昌好君、羽生哲也君、丸山胖君、大分県中津市の松田正一君、佐世保市の犬塚昌穂君、延岡市の高濱義秀君、鹿児島県南さつま市の黒木浩隆君、鹿屋市の中原康吉君いずれの方も被害はないとのこと、一部の方は体調を崩され療養をしておられるとのことでした。会計報告を、平成25年京士会開催について会長の三木毅君、士会については森本正孝よりあり、いずれも了承されました。
次に、次期開催については当番県の藤田忠司兵士会会長より、なにぷんにも皆さんが高齢となりこの会を続けてゆくべきか、また、時期及び場所はどうするかと提案があり、岡邦恭君よりできる限り続けてほしい、また時期については大部分が二年後に数え年で80才になるのでその折に、詳細についてはお任せするとあり、了承された。藤田会長より、場所等は世話が大変ですので業者に一部任せて開催しますので多数の参加をお願いすると返答あり。
最後に、平成26年春期に瑞宝双光章を綬章された、堀口外茂雄君より謝辞があり、閉会の辞を幹事の逸見智康君がし終了する。続いて、逸見幹事の司会により懇親会が始まり、まず来賓に来られた大阪歯科大学理事長・学長川添堯彬先生、大阪歯科大学同窓会会長生駒等先生の紹介があり、各々の先生より大学の現状及び同窓会の状態と将来の展望の祝辞をいただきました。参加者の中で最も遠方より来られた久保慶治君の乾杯の音頭で宴会に入りそれぞれ和気遇い合いの中、話も盛り上がりそれぞれのテーブルで歓談の輸がひろがり午後二時半過ぎに終了しました。今回お世話頂いた大士会のみなさん、特に幹事の逸見智康君には大変お世話になり感謝申しあげます。
平成25年総会、懇親会以後の物故者名(敬称略)
奥原康久(兵庫県)、 貴久男(和歌山県)、若林蔚(岡山県)、藤田卓也(大阪府)、寺田好輝(千葉県)、清水廣幸(大阪府)、古川明一(大阪府)、武市甫(京都府)、増田勝彦(香川県)、松尾静夫(愛知県)、本山栄荘(広島県)、酒井(旧姓溝川)幸子(京都府)、清水強(兵庫県)、森本省二郎(兵庫県)
高松平人君より本山栄荘君に追悼文をよせていただきました。
本山栄荘君へ
平成28年1月13日、栄荘君は旅立ちました。あなたと初めて会ったのは昭和32年春でしたね。早稲田大学を卒業後しばらく社会人としてサラリーマン時代を過ごされました。これは和歌山の宮本君(ジミー)、中野の尚ちゃんに聞きました。お父様が「いつまで道楽をしているのだ」とお叱りになったのか、大阪歯科大学の同級生として昭和38年卒業しました。学生時代からおっとりとした大人風で通称「モーさん」でとおってましたね。牧野の住人として有名人だったそうです。
昭和39年4月に広島の本山歯科医院を継承され、早々と臨床医として地域で活躍されました。平成13年4月1日に本山歯科を御子息にバトンタッチされ勤務医となられましたが、その間、大歯大同窓会の支部長を務められ、よく皆さんのお世話をされていました。一方歯科医師会では当時の松島会長を支え広島県歯会員のお世話を本当に
よくされたように聞きました。平成9年4月1日に広島県歯会長に就任され、平成19年3月末日まで県歯会員を一つにまとめられ、隅々までよく行き届いた会員指導をされていました。その間、日本歯科医師会の理事に就任され人望厚かったですよね。
病に倒れられ病室で顔を見あわしてビックリされたようだったのがつい先日のような気がします。大阪の玉川先生が言ってましたよ。「牧野の下宿で一緒にマージャンしてた友人が皆さんいなくなった。これでマージャンができなくなった、淋しいな」あなたは我々同年代より7歳年長だから、よく頑張りましたよ。あちらで先に失礼と逝った人達によろしく言っといてください。広島の夜の街でごちそうになった時など、夜が更けても「帰ろうや」と言わないスタミナの塊のようでしたが、そちらで、ゆっくりと休んでください。合掌
(森本正孝 記)