寿歯会卒後50周年記念祝賀会

澄んだ青空の気持ちよい秋空の下10月15日(土)私達大阪歯科大学大14回寿歯会卒後50周年記念祝賀会がリーガロイヤルホテルで開催されました。当日は、東は神奈川から西は香川から50名弱の参加があり、久しぶりに会う人も多く昔話に花を咲かせることとなりました。
第1部は寿歯会総会で、司会は富田啓二幹事で5年前の古希の会以降の物故の方々は前田純典、石原謙三、縄田和宏、松岡晴一、井上泰治、新谷宏道、木原道子、門司研一、松本喜雄、福本敬、日高晋典、上田五男、村岡魏、弓場敏克、高岡員樹、小笠原秀弥、岡田保利、高島法男、野田浩平、大坂尚史、日高慧、龍田宇内、久島文彬、及川紘子、吉田正道、中島利行先生(一人一人の敬称略)でご冥福をお祈りしました。

続いて、代田基朔大阪寿歯会会長、大西洋二全国寿歯会会長の挨拶の後、寿歯会の会員でもあります母校の川添堯彬理事長・学長の挨拶で、来春には新しく4年制の大学である医療保健学部が誕生します。口腔保健学科(歯科衛生士養成課程)と口腔工学科(歯科技工士養成課程)で4年後には口腔保健学士と口腔工学士の学士様が出来、超高齢社会に適応できる歯科医療を担える人材を養成することで大学の歯学部、医療保健学部の発展に私達も寄与出来たらと思っています。その後桝伸夫会計からの会計報告があり承認されました。次の講演会で、終活セミナーとして税理士法人YKCの北野喜一先生と弁護士の高砂健太郎先生から生きている内にやっておく生前準備で贈与、遺言書、エンディングノートや葬儀、相続問題があるということで、いよいよ人生の最終章も近づいてきたなと感じました。その後、全員揃って写真撮影をして、次いで楽しい祝賀会です。小生辻本勝の司会で、開会の辞は大阪寿歯会幹事長の佐々木淑子先生です。代田基朔先生、大西洋二代表の挨拶後、植田先生の乾杯の言葉で祝宴が始まりました。この日は広島カープがセリーグ優勝で広島の中井弘毅先生の喜びの言葉もあり、可愛いコンパニオンが運んでくれる料理に舌鼓を打ち(この日の屋台の料理は銭谷豊文先生の寄付です)、アトラクションはバリトン亭のカンツオーネの素晴らしい声を聞かせてもらいました。

和やかな雰囲気の内に閉会の挨拶は銭谷豊文先生で、4年後の2020年での大学同窓会100周年の記念の会に併せて開催する予定との事で元気で再会を約して閉宴しました。尚、二次会は瀬浦宏康先生のお世話で近くのクラブを借り切り遅くまで盛りあがりました。


(辻本勝 記)

大坂尚史君を偲んで

彼の計報の連絡を受け愕然となりました。12月下旬に彼から連絡があり、昨日もゴルフに行ってきた、忘年会にも出席していると聞き安心しておりましたが、年末に体調を崩され年明け早々に検査のため入院され、すでに末期肺癌とわかり療養を続けておられました。平成28年3月7日、私にとりましてもあまりにもあっけない彼の旅立ちでした。大学卒業を控えた歯科医師国家試験の前日、我が家に10名近い仲間が集まり試験の準備をしており、その仲間に彼もいました。50年余り前ですが、先日のことのように思い出されます。
彼とは大学入学後同じAクラスになり、初めての夏休みに徳島に遊びに来ないかと声を掛けていただき、お邪魔してご両親にも歓迎していただき、楽しい日々を過ごすことができました。学生時代何度かお邪魔して、浴衣を借りて阿波踊りの連にも加えていただきました。
彼は卒業後、徳島に戻り、秋にはご両親の期待のもと開業され、亡くなる2ヶ月前まで地域歯科医療に邁進しておられました。彼に対する人望もあり、県歯の役員として専務、副会長を長年務めておられました。我々卒業後も家族ぐるみの付き合いが続き、徳島、京都の間を行き来しておりました。

後年は大学同窓会の副会長を一緒に務めることができ、会う機会も多くありましたが、それでも「今、高野山にお詣り来ている」と高野山から連絡があり、私からは立山の雪の中から連絡したこともありました。徳島県歯の方々と京都に来られたときにもお声掛けをいただき、皆さんと何度か食事をさせていただきました。通夜、葬儀の会場でも県歯の方々から声を掛けていただき、彼が県歯や行政に対して尽くされた功績等をお聞きすることができました。

後日、改めて岸本、磯村両君と3人でご自宅へお伺いし、ご家族の方々と生前の彼の話等をいたしました。私自身、大坂尚史君を終生の友としてお付き合いできたことに感謝しています。合掌


(下村謙一朗 記)