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OB会(美術部)

美術部

同窓美術展を思う

 

 絵を描き出して70 年余り、世相の変化は激しく乗り遅れた事柄は数知れず。IT と呼べばよいのか私の頭は空白である。なぜ戦後あの時期、乾いた地面に流水のように美術界が勢いづいたか、多くの作家が社会に受け入れられたか、あの時実力ある個性ある美術人はスターであった。即ちメディアは美術を理解し社会の感性として。公募展に入選した名が新聞に載り、 個展の案内、批評も記事となり、美術記者はハナのある位置にあった。画人も文人と同じく教養をもち文を書き、自ずからの画意付けを行い社会もそれを受け入れた。

 その時代の美術人が亡くなり、メディアに登場する人が絶無になるとは、 その頃美術界に踏み込んだ者には想像できない。“ みづゑ”、“ 美術手帖”の2 誌がなくなり、公募展が大作主義で社会の要求する画面と遊離し、家庭や企業に受け入れられない制作態度も一因である。世界の画人は大作もあるが、飾れる大きさを考えずに制作していない。小品に凝縮した美がある。 大きいほど強さがあり圧倒はする。しかし争うのに有効であるが、大味な表現になりがちである。

 今回、透析の身で出品はしたものの出品者の作品も見られず。なにしろミナミの雑踏の中を歩行の自信なく、雨中は無理の判断で失礼いたしました。

 Amateur であるからといっても出品者が相争い、皆の画力をもって大阪歯科大学の芸術を代表して発表するものですから、なるべく強い、能力の許す限りの大作に挑んでほしいと望んでいます。去年よりも今年、来年こそは、の気持ちがないと続けてきた効がありません。参加するではなく、自分のPride をかけた争いです。

(大7回 額田晃作 記)

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