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クラス会(大11~20回)

【大13 登美栄会】松尾寛君の逝去に際し哀悼の意を表します

  昨年令和6年8月14日前原 潔君より連絡を受け「寛チャンダメだった」の一報には驚きと大変残念の一言でした。まず初めに君が常々気にかけていたE組クラス会開催は今年11月15日(土)に決定されたことをご霊前に御報告致します。

  思い起こす時いつものメンバー6名はナンバ高島屋1階正面玄関に午後5時に集合し、その後戎橋通りの551蓬莱本店へ移動、会食後はカラオケ店へ向かうのが常のコース、時に長いコロナ禍では十三の君の別宅キリマンジャロ登頂を記念し名付けられたK2に度々お邪魔し、焼き肉パーティやら八角弁当を突っついての集まりの時には君の愛妻良子夫人には大変ご厄介になりましたね。ありがとうございました。

 またある時には君は、我々仲間をまとめるために、あちこちへ泊まり込みでの旅行をも計画し、登山家の君にそぐわない滋賀県の北部に位置する七本槍で有名な賤ケ岳のような低山を我々のレベルに合うように選び、引率し山での歩き方などを事細やかに教示してくれました。有難う。

 松尾君、君はこのようにいろんな方法や雰囲気を醸し出しながらクラス会開催に向けての下準備を着々と進めてくれておりましたね。しかしそのような中、君は志半ばで帰らぬ人に。誠に残念です。

  君のクラスを思いやる気持ちを大切にして残されたものが実行せねばとこのたび会い集いE組クラス会を11月15日開催の運びになりました。

  松尾君!我々に多くの時間をかけての下準備を有難う。みんな君の統率力、包容力とその手腕に感服し感謝しています。力不足ですが見守っていて下さい。

 さてクラス会開催もさることながら、今しばらくこの世においてください。そのうち君に会いに行くことにもなるでしょう。その時は今までのように、極楽浄土への道標として道案内をお願いして追悼の言葉と致します。

  松尾 寛君 寛ちゃん長い間歯科医師として、登山家としてご苦労様そして有難う。

(前原 潔・野洌秀孝 記)

左から3人目 故 松尾 寛先生